太郎 8さんの プロフィール
自己紹介
コメント
結婚して10年ほど経つ。
問題はサバだけじゃないということだ。
サバだけなら、つぶやきに対するコメントのような先輩方のご指導を実践できたかもしれない。
妻の手作りシューマイも駄目なんだ。
中身は豚肉のはずだが、なぜあれほどマズいのだろうか。オカラなど混ぜものを入れているのだろうか。
妻は私が肉を食べたがっていることを知っている。だから肉野菜炒めをよく作ってくれる。
私が食べたいのは、肉だけ単体で焼いたものだ。
しかしなぜ、なんでもかんでも片栗粉を入れるのだろうか。
いや理由はわかる。ドロドロした感じにすると、娘が食べやすいと彼女は思っているのだ。
娘は、もっと小さかった頃、肉を噛み切れなかった。いつまでも口の中でクチャクチャさせており、それが見ていてとても気の毒だった。
妻は何でもかんでも炒めものには、片栗粉を入れるようになった。
甘ったるい炒めものは、本当に苦手だ。
私が妻に対して、苦手な料理を正直に言っていたら、妻のレパートリーの三分の二が消失してしまうだろう。彼女の残りの三分の一の料理はとても美味しい。
彼女はローテーションで、おかずを回しているのだろう。彼女は料理が得意で、短時間で、最大効率でささっと作る。
彼女はお菓子作りの店で働いていたという。料理人だった頃もあったかもしれない。
だから、基本的な料理の腕はいいのだ。彼女が作る和食は美味しい。サバをのぞけば。問題は彼女が料理の腕にプライドを持っていることだ。
料理に対して苦手意識を持っている女性のほうが、実は結婚後は男性にとってストレスがないことを知った。
最近わかりかけてきた。
彼女は心の底からサバが好きなのだ。自分が大好きだから、いくら私がマズそうに食べていても気づかないのだろう。
私は、シャケが食卓に出たときは「美味しいね」と妻に言う。サバのときは絶対に言わない。なのにサバをローテーションの中に執拗に組み込む。
私は独身生活が長かった。
自炊は苦にならないし、食べたいものを食べることは当たり前のことだった。
妻の料理に対して、毎日のように思うのは、料理は不要だということだ。焼く、煮るの1〜2工程程度の調理で十分だということだ。特に肉はそれが原則だ。焼いて塩コショウだけで十分だ。
なぜ余計な味つけをするのだろう。調理は彼女のプライドが許さない。変な味付けの複雑な工程の料理にしてしまう。
パスタは普通に、レトルトのミートソースでいいはずだ。それなのにサバ缶をパスタに混ぜて、彼女はそれが美味しいと本気で感じているのだろうか。
娘も心なしか不味そうに食べているではないか。
結婚して、妻は私が冷蔵庫を開けることも、台所で何かを調理しようとすることも、疎ましくみていることがわかった。
台所も冷蔵庫の中も彼女の領域なのだ。
それを言うならば、この家全体がそうだ。
私が彼女と知り合ったとき、彼女は既に自宅を所有していた。
私は気分として居候なのだ。結婚して10年ほど経つが、今だに自分の家という気がしない。
彼女の家に間借りしているだけだ。
しかし、このような結婚生活の不平不満を並べると、なぜかそれだけで女性から同情のメッセージが届くことを私は経験的に知っている。
数年前、「@メル友」というサイトでメル友を見つけようとしたとき、誰からも返信がないので、気ままにプロフの中で、思うことを日記形式で並べたてていた。今のように。
特に寝室を別にして、レスになった経緯を詳細に言うと、女性から励ましのメッセージが届くようになった。
はっきり言って、他人の結婚環境を他人がとやかくアドバイスしても無駄なのだ。
それらは当人が一番よく知っているからだ。知っていて、何も改善できないから悩んでいるのだ。
女性は改善できる余地がある。女性が感情を配偶者にぶつけることは比較的容易だと思う。
なぜなら、私はよく妻から感情をぶつけられるからだ。
しかし以前に付き合っていた女性は、必ずしもそうではなかった気がする。
とすると妻が特異なのか。
いずれにせよ、感情の押し付けに対しては、一方的なのだ。
妻は娘に対しても、彼女独特の頭の回転の速さで、鬼のごとく猛烈に説教をしていることがある。
小学生の娘の語彙はまだ少ないから、反論する言葉が単調につきる。どうみても娘が不利なのだ。まったくフェアでない。
しかし情けないことに、私は娘に助け舟を出せないでいる。教育に関して、私が娘に味方してしまったら妻の全てを否定してしまうような気がするのだ。
これについても他人は違和感を感じられるだろう。
夫婦とはそういうものだ。第三者の目線でみると、何ひとつも合理的でない。
私ならああする、こうすると善意でアドバイスをしてくれるが、それらはされる側はありがたくもなんともない。
それらができているならば、最初からしている。
それが妻でない他の女性ならば、とっくにしている。
妻という特異な女性に対して、私は意思疎通ができていない壁を感じているのだ。
彼女は中学生の頃、彼女の父親がある日突然に家族の元から逃げ去って蒸発した。母親が自転車に乗って逃げ去る父親を追いかけている姿を、彼女は思い出すことができる。
それが彼女に男性不信を与えたことは考えるまでもない。
私は彼女の3度目の夫なのだ。
彼女の2度目の夫は中国人だ。
一度目の結婚に失敗した30歳の頃、彼女はなぜか言葉もわからないはずなのに、中国に旅立った。
現地で韓国人留学生らとともに中国語を学びつつも、日本語教師をして生計を立てていたという。
しだいに上海語をマスターし、中国人の旦那さんと結婚されて、日本の商品を中国人に販売する個人商社を夫婦ではじめた。
しかしその旦那さんともすぐに離婚し、しばらくは彼女一人で、彼女が立ち上げた個人商社で、日本のA5ランクの高級牛肉を中国人に売りさばくようなビジネスをしていたそうだ。
そうして彼女は自宅を購入した。
そこに私が居候で入居したということだ。
そもそも、普通の女性として妻を一般論に当てはめることはできない。その行動力や意志の強さは、規格外なのだ。そして彼女独特のモラルの強さに私は手を焼いた。
中国で何年も暮らしていたならば、生活にだらしなくなりそうなものだが、彼女はモラルの塊になったかのようだ。
そんな彼女の流儀に反するようなことをすると、めっちゃ後が怖い。殺気を感じるほど怖い。
思うに奥さんが楽しそうにしている家庭はどこも幸せな家庭だ。家庭の柱は女性なのだ。
女性が明るければ、その一家は幸福だ。
逆もしかり。妻が機嫌が悪いと、家全体がどんよりとする。妻の殺気を感じて娘も口数が少なくなる。私も気まずくなる。
こうした妻の愚痴を並べると、なぜか同情された女性からメッセージが届く。
誤解がないように言っておくと、私は彼女と結婚できて概ね幸せだということだ。
彼女と初めて出会えた日は、私の人生における一番の快挙であった。
彼女がよく笑う日は、私や娘も幸せを感じる。
そんな日がずっと続いてほしいのだ。私が願うのはその一点だけだ。
だから私は今日もサバを食べた。
問題はサバだけじゃないということだ。
サバだけなら、つぶやきに対するコメントのような先輩方のご指導を実践できたかもしれない。
妻の手作りシューマイも駄目なんだ。
中身は豚肉のはずだが、なぜあれほどマズいのだろうか。オカラなど混ぜものを入れているのだろうか。
妻は私が肉を食べたがっていることを知っている。だから肉野菜炒めをよく作ってくれる。
私が食べたいのは、肉だけ単体で焼いたものだ。
しかしなぜ、なんでもかんでも片栗粉を入れるのだろうか。
いや理由はわかる。ドロドロした感じにすると、娘が食べやすいと彼女は思っているのだ。
娘は、もっと小さかった頃、肉を噛み切れなかった。いつまでも口の中でクチャクチャさせており、それが見ていてとても気の毒だった。
妻は何でもかんでも炒めものには、片栗粉を入れるようになった。
甘ったるい炒めものは、本当に苦手だ。
私が妻に対して、苦手な料理を正直に言っていたら、妻のレパートリーの三分の二が消失してしまうだろう。彼女の残りの三分の一の料理はとても美味しい。
彼女はローテーションで、おかずを回しているのだろう。彼女は料理が得意で、短時間で、最大効率でささっと作る。
彼女はお菓子作りの店で働いていたという。料理人だった頃もあったかもしれない。
だから、基本的な料理の腕はいいのだ。彼女が作る和食は美味しい。サバをのぞけば。問題は彼女が料理の腕にプライドを持っていることだ。
料理に対して苦手意識を持っている女性のほうが、実は結婚後は男性にとってストレスがないことを知った。
最近わかりかけてきた。
彼女は心の底からサバが好きなのだ。自分が大好きだから、いくら私がマズそうに食べていても気づかないのだろう。
私は、シャケが食卓に出たときは「美味しいね」と妻に言う。サバのときは絶対に言わない。なのにサバをローテーションの中に執拗に組み込む。
私は独身生活が長かった。
自炊は苦にならないし、食べたいものを食べることは当たり前のことだった。
妻の料理に対して、毎日のように思うのは、料理は不要だということだ。焼く、煮るの1〜2工程程度の調理で十分だということだ。特に肉はそれが原則だ。焼いて塩コショウだけで十分だ。
なぜ余計な味つけをするのだろう。調理は彼女のプライドが許さない。変な味付けの複雑な工程の料理にしてしまう。
パスタは普通に、レトルトのミートソースでいいはずだ。それなのにサバ缶をパスタに混ぜて、彼女はそれが美味しいと本気で感じているのだろうか。
娘も心なしか不味そうに食べているではないか。
結婚して、妻は私が冷蔵庫を開けることも、台所で何かを調理しようとすることも、疎ましくみていることがわかった。
台所も冷蔵庫の中も彼女の領域なのだ。
それを言うならば、この家全体がそうだ。
私が彼女と知り合ったとき、彼女は既に自宅を所有していた。
私は気分として居候なのだ。結婚して10年ほど経つが、今だに自分の家という気がしない。
彼女の家に間借りしているだけだ。
しかし、このような結婚生活の不平不満を並べると、なぜかそれだけで女性から同情のメッセージが届くことを私は経験的に知っている。
数年前、「@メル友」というサイトでメル友を見つけようとしたとき、誰からも返信がないので、気ままにプロフの中で、思うことを日記形式で並べたてていた。今のように。
特に寝室を別にして、レスになった経緯を詳細に言うと、女性から励ましのメッセージが届くようになった。
はっきり言って、他人の結婚環境を他人がとやかくアドバイスしても無駄なのだ。
それらは当人が一番よく知っているからだ。知っていて、何も改善できないから悩んでいるのだ。
女性は改善できる余地がある。女性が感情を配偶者にぶつけることは比較的容易だと思う。
なぜなら、私はよく妻から感情をぶつけられるからだ。
しかし以前に付き合っていた女性は、必ずしもそうではなかった気がする。
とすると妻が特異なのか。
いずれにせよ、感情の押し付けに対しては、一方的なのだ。
妻は娘に対しても、彼女独特の頭の回転の速さで、鬼のごとく猛烈に説教をしていることがある。
小学生の娘の語彙はまだ少ないから、反論する言葉が単調につきる。どうみても娘が不利なのだ。まったくフェアでない。
しかし情けないことに、私は娘に助け舟を出せないでいる。教育に関して、私が娘に味方してしまったら妻の全てを否定してしまうような気がするのだ。
これについても他人は違和感を感じられるだろう。
夫婦とはそういうものだ。第三者の目線でみると、何ひとつも合理的でない。
私ならああする、こうすると善意でアドバイスをしてくれるが、それらはされる側はありがたくもなんともない。
それらができているならば、最初からしている。
それが妻でない他の女性ならば、とっくにしている。
妻という特異な女性に対して、私は意思疎通ができていない壁を感じているのだ。
彼女は中学生の頃、彼女の父親がある日突然に家族の元から逃げ去って蒸発した。母親が自転車に乗って逃げ去る父親を追いかけている姿を、彼女は思い出すことができる。
それが彼女に男性不信を与えたことは考えるまでもない。
私は彼女の3度目の夫なのだ。
彼女の2度目の夫は中国人だ。
一度目の結婚に失敗した30歳の頃、彼女はなぜか言葉もわからないはずなのに、中国に旅立った。
現地で韓国人留学生らとともに中国語を学びつつも、日本語教師をして生計を立てていたという。
しだいに上海語をマスターし、中国人の旦那さんと結婚されて、日本の商品を中国人に販売する個人商社を夫婦ではじめた。
しかしその旦那さんともすぐに離婚し、しばらくは彼女一人で、彼女が立ち上げた個人商社で、日本のA5ランクの高級牛肉を中国人に売りさばくようなビジネスをしていたそうだ。
そうして彼女は自宅を購入した。
そこに私が居候で入居したということだ。
そもそも、普通の女性として妻を一般論に当てはめることはできない。その行動力や意志の強さは、規格外なのだ。そして彼女独特のモラルの強さに私は手を焼いた。
中国で何年も暮らしていたならば、生活にだらしなくなりそうなものだが、彼女はモラルの塊になったかのようだ。
そんな彼女の流儀に反するようなことをすると、めっちゃ後が怖い。殺気を感じるほど怖い。
思うに奥さんが楽しそうにしている家庭はどこも幸せな家庭だ。家庭の柱は女性なのだ。
女性が明るければ、その一家は幸福だ。
逆もしかり。妻が機嫌が悪いと、家全体がどんよりとする。妻の殺気を感じて娘も口数が少なくなる。私も気まずくなる。
こうした妻の愚痴を並べると、なぜか同情された女性からメッセージが届く。
誤解がないように言っておくと、私は彼女と結婚できて概ね幸せだということだ。
彼女と初めて出会えた日は、私の人生における一番の快挙であった。
彼女がよく笑う日は、私や娘も幸せを感じる。
そんな日がずっと続いてほしいのだ。私が願うのはその一点だけだ。
だから私は今日もサバを食べた。
募集関連
募集状況
受付中
募集対象
メル友, 友達, 映画・テレビ, 語学・読書, 政治・経済, ペット・動物, マンガ・アニメ, ゲーム
募集年齢
40歳 ~ 55歳
基本情報
ニックネーム
太郎 8
ユーザーID
nekosamurai
年齢
49歳
居住地域
日本-関東-千葉県
出身地
千葉県
職業
公務員
結婚暦
既婚
血液型
O型
星座
しし座(7/23 - 8/22)
使用機器
スマートフォン
趣味/興味のあること
好き
映画鑑賞, 音楽鑑賞, ペット/動物, 読書, 政治/経済, TVゲーム/コンピュータゲーム, マンガ/アニメ